1月31日(月)フェアトレード・チョコレート
2011/01/31(Mon) | お店日記 | page top↑
1月最後の日。

午前中、大学生の息子さんからフェアトレードのことを教えてもらったというお母さんが訪れてくださった。たまたま仕事の途中車で通りかかってエスペーロを見つけてくださったのだそうだ。息子さんは大学のフェアトレード団体で活動していて、この春休みにはタイへ行くことになっているとか。「いつまでも子どもだと思っていたけど、今では子どもに教えられることもあります」と言われる。

午後からはおなじみのご近所3人組さんやいつもエスペーロを応援してくれている友人のMさんが来店してくださって、あれこれと楽しく雑貨や洋服選び。

夕方入って来られたのは、話してみると箕面の船場で「カフェ・ラオ」http://www.cafelao.jp/というラオス料理や雑貨のカフェをされている松井さんという女性だった。「カフェ・ラオ」は私もテリーも何回か行ったことがあるすてきなカフェで、おいしいし雰囲気もいい。手芸などのワークショップも精力的にこなされている。もともとはラオスの伝統的な織物を扱っていて、そのよさを日本に紹介したいというところから始まったそうだ。エスペーロとその心が共通するところもあるし、いろいろと話がはずんで、これからもお互いに情報交換や協力をしていきましょう、という話になった。こういう出会いは嬉しい。  
 
夜、横浜に住む私の弟からメールがあって「日曜日の朝日新聞にフェアトレードチョコレートの記事が載っていた ね」と教えてくれた。見過ごしていたので、すぐに探して切り抜いた。その記事のタイトルは「チョコっと社会貢献」。バレンタインデーを「カカオ農場でただ働き同然に働かされ、学校にも行けず、チョコレートなど見たこともないガーナの子どもたちのことを考える」機会にしようというものだった。

弟は先日まとめてフェアトレードチョコレートの注文をしてくれた。自分のまわりに広めてくれている。大阪大学のI先生も大学のイベント用に大量のフェアトレードチョコレートを注文してくださった。友人のHさんは「今年の義理チョコはフェアトレードチョコにするからよろしく」。Aさんは「テレビでアフリカのカカオ農園で働く子どものことを知って胸が痛んだ。お菓子作りに使うからフェアトレードチョコを買いに行きます」。こういう人たちのおかげで、フェアトレードチョコレートは少しずつ広がっている。
1月29日(土)「必ずお客さまと出会う日が来る」
2011/01/29(Sat) | お店日記 | page top↑
先日ネパリ・バザーロの展示会に行った時、スタッフの人たちといろいろ話している中で、思わず「うーん」と感心したことがある。

スタッフのTさん「私たちはけっして値下げはしないんです。どの商品も必ずお客様と出会う日があると思っていますから。そして出会えた日には心の中で拍手をして送り出します

展示会やカタログで見てこれはいいとほれ込んで仕入れた商品でも、いつまでたっても売れないと、だんだん邪険な目をしてながめてしまうことがある。失敗だったかなあとか値段が高すぎるかなあとか。でも考えてみたら、それはお客様の好みに合わなかった、お財布に合わなかった、サイズに合わなかったなどなどそれぞれの理由によるのだろう。

きっといつかは出会える、とKさんは教えてくれた。商品に対する信頼と愛情なんだなあ。私はまだまだ修行が足りない。
1月26日(水)「エスペーロ・マジック」
2011/01/26(Wed) | お店日記 | page top↑
エスペーロでよく偶然の出会いがあることは、今まで日記にも書いてきた。
たとえば5月18日
http://espero0osaka.blog118.fc2.com/blog-date-201005.html
や9月28日
http://espero0osaka.blog118.fc2.com/blog-date-201009.html

きょうもそんな出会いがあって、私はこれを「エスペーロ・マジック」と名づけた!
「何をそんな大げさな!ただの偶然よ」と笑われそうだが、時間のある方は聞いてください。

阪大外国語学部のNさんとIさんが来ておしゃべりをしていた。Nさんのバイト先のインド料理屋さんが今月で閉店するらしい。「ここによく来てくれるヒンディー語専攻のKさんは箕面のインド料理屋さんでバイトしてるよ」と私が教えてあげて5分もたたないうちに、そのKさん本人がエスペーロに入ってきた。

NさんとIさんが帰ってKさんだけが残った。今度は吹田のAさんが友達のTさんを連れて入ってこられた。AさんがKさんを見て「あら、また会ったね」。10日ぐらい前、AさんはエスペーロでたまたまKさんと出会って、Kさんの郷里の松江の話なんかで盛り上がったことがあった。

Kさんが帰って、AさんとTさんが残った。絵本の読み聞かせ活動をしているTさんが、フィリピンのミンダナオ島で子どもたちの教育支援をしている知人の絵本作家の話をされた。その絵本作家Mさんは、私と同じ時期に北海道千歳市に住んでいたことがあるので、学校の講演やその頃バイトしていた千歳市立図書館で何度か会っている人だった。

その時に「ちょっと見せてくださいねえ」と入ってきた女性を見て驚いた。私の旧知の女性で、ここ3年ぐらい会っていなかったKさんが、私の店と知らずに入ってこられたのだった。

エスペーロでこんなにお客さんが続くこともめずらしいのだが、きょうはたまたま続いたお客さんが何かつながりがあっておもしろかったのだ。それとも、おもしろがっているのは私だけか?
1月25日(火)ネパリ・バザーロ春夏新作展示会
2011/01/25(Tue) | お店日記 | page top↑
きょうは横浜まで行ってきた。ネパリ・バザーロhttp://nbazaro.org/wordpress/の春夏新作展示会だ。遠いし交通費かかるしどうしようかなと迷っていたのだが、やはり行ってよかった。カタログじゃなくて実物を見ることの大切さはもちろん、いつも電話や読み物でしか知らなかったスタッフの人柄に触れられたこと、それに各地の小売店の人たちと交流できたことなど、収穫は大きかった。
ネパリ春カタログ
ネパリの洋服はどれも色使いがやさしい。ラインが美しく縫製もしっかりしている。青木いみ子さんという優れたパターンナーさんの力  だ。レース織、綾織、多糸織など変化に富む手織りも魅力だ。見ると着るとではまた印象が違うので、次々と試着させてもらう。楽しい。他の人が着ているのを見るのも参考になる。そしてみんなであれこれ評する。

代表の土屋春代さんは、今から20年ぐらい前にネパールに学校を建てる運動をしていたが、子どもたちが学校へ行けないのは学校がないからじゃなくて貧しいからだということがわかって、ネパールの生産者とともに洋服やコーヒーなどをフェアトレードするようになった。話を聞いていると、これまでいくつもの困難を乗り越えてきたことがよくわかる。それを春代さんは声高に言うでも自慢するでもなく、ただただ前を向いて粘り強くネパールの生産者とともに歩んできた。「ビジネスは目的ではなく手段です」という言葉に真実がこもる。

春代さんだけでなく、副代表の完二さん、スタッフの人たちがみんな誠実でまじめで(人がよすぎるぐらいまじめで)、ネパールの状態は今よくないけれども、明るく辛抱強く努力していることがよくわかる。


ネパリ・アンキットさん
ちょうど今ネパールからアンキットさんという22歳の青年がインターンとして来ていて、SHS(スパイシー・ホーム・スパイシーズ)というスパイスの加工をしている団体の報告をしてくれた。お母さんの後を継いでこれからSHSを率いていく青年だ。「子どもの頃からSHSの中で育ったので、SHSで働くことは自然なこと。ただ仕事をするというのでなく、この活動が地域のためになるしひいては国のためになることがうれしい」と語っていた。

早春カタログから注文したものは今週いっぱいぐらいにはエスペーロにも届く。ぜひネパリ・バザーロの力作を見ていただきたいと思う。
1月22日(土)ことばと文化・社会
2011/01/22(Sat) | お店日記 | page top↑
言葉の世界へ きょうはテリーに店をお願いして、民族学博物館で行われる「みんぱくフォーラム」のスワヒリ語講座へ出かけてきた。2ヶ月半にわたって、世界のマイナーな言語を各90分で体験してみようという講座だ。すべて無料なのも魅力の講座だ。中にはサン語とかビスラマ語とかほんとうにマイナーな言語もあったが、私はスワヒリ、ネパール、タイ、日本手話、アイヌ語を選んだ。

「語学オタク」というほどでもないが、いろんな言語に興味がある。スワヒリ語、ネパール語、タイ語を選んだのは、エスペーロの商品が来ている国の言葉だから。いつかこれらの国を訪れることがあるかもしれない。たしか村上春樹だったと思うが「訪れる国の言葉は礼儀として学んでいく」と言っていたのに共感したことがある。

教室に入ると、かつて朝日カルチャーでいっしょにアラビア語を学んでいたSさんがいてお互いに再会を喜んだ。Sさんも負けず劣らず好奇心の強い人なのだ。

私たちは90分でスワヒリ語の入り口のひと足ぐらいを楽しく学んだ。言語を通して少し文化の香りも体験できたと思う。

午後からはもうひとつ楽しみにしていた講演会へ行った。箕面市国際交流協会の主催で「私の日本語の由来」と題して詩人  の金時鐘(キムシジョン)さんの講演があった。金時鐘さんは1929年生まれの82歳。つい最近詩集『失くした季節』で高見順賞を受賞したばかりだ。

皇国少年だった金さんは17歳の時に済州島で終戦を迎えた時、突然「祖国へ押し返された」と感じた。日本語で育ち日本語による風景しか体験してこなかった金少年は、朝鮮語をまったく知らなかった。植民地になるということは、土地や政治を奪われるだけでなく、文化すなわち言葉や衣食住や歌など、感性もまるごと収奪されてしまうということなのだ。
金時鐘講演会
金さんのエッセイ『クレメンタインの歌』には、かたくなに日本語を拒否し続けた父親と日本語で教育を受けて日本語体験しかない金さんとの哀しくも切ない親子の溝が描かれている。その後民主化運動によって自身の身に危険が及ぶにいたって、金さんは日本へ脱出する。その時すべてを投げ打って脱出を助け、その後も息子の安全を思って「絶対に帰ってくるな」と言ったのはそのお父さんだった。

金時鐘さんの詩は花鳥風月のやさしい詩ではない。詩は何のために書くのか。情感の中に批評がなければならないと金さんは言う。久々に気骨のある闘う人を見た気がした。

きょうは「ことばと文化・社会」というテーマでふたつの貴重な体験ができた。これも1日店番をしてくれたテリーのおかげと思って電話したら、エスペーロの方もきょうはいろいろなお客さんが来てくれて、なかなか忙しかったらしい。
バレンタイン・ギフト
2011/01/21(Fri) | 食品 | page top↑
 バレンタインデーの準備はお済みですか?バレンタインにはチョコレートを贈るのが一般的ですが、そこにちょっとしたプチ雑貨をつけてあげると、いちだんと楽しいギフトになります。エスペーロでは勝手にギフトセットを作ってみました。たとえば

ウォーリードールとチョコレート    ¥800
コインパースとチョコレート       ¥710
うさぎのスプーンとチョコレート     ¥815
ミニコインパースとチョコレート     ¥560
キーカバーとチョコレート        ¥690
お守りパレワストーンとチョコレート  ¥540
木のスプーンとチョコレート      ¥1,090

もちろんチョコレートの種類を変えたり雑貨を変えたりは自由です。

同じ贈るならフェアトレードのチョコレートを!!!
ギフトの価値がぐ~んとあがります。

バレンタインギフト
1月20日(木)コーヒータイム
2011/01/20(Thu) | お店日記 | page top↑
エスペーロでは「類は友を呼ぶ」現象がよく起こる話は前に書いたが、きょうも偶然の顔合わせがあった。

前の職場である大学図書館職員のHさんが来てくれて話している時、ちょうど同じ大学の教員であるIさんが入ってきて3人でコーヒータイムとなった。Iさんはこれから学生たちとの会合に出るところで、会合用のお茶菓子やチョコレートを買いに来てくれたのだった。「学生たちに、同じ買うならフェアトレードの物を買うようにって言ってます」。

児童労働の話やら南北格差の話やら。「いろんな事情を話すと、学生もね、児童労働のチョコレートを食べると胸が痛むと言うんです。その痛みって大事ですよね」とIさん。テーブルの上に置いてある本『私8歳、カカオ畑で働きつづけて』の表紙に「児童労働と呼ばれる2億1800万人の子どもたち」とあるのを見て「ええっ、そんなに児童労働があるの?!」とHさんも驚く。

コーヒータイムが終わって「では行ってきま~す」と、ネパリバザーロのフェルトブーツを履いたIさんは足取り軽くキャンパスへ向かう。「このブーツ、暖かいだけでなく革のブーツのように蒸れないのがいいんです。汗を外へ出してくれるんですね」。ああ、そうなんだ。フェアトレードの商品が喜ばれるのは、いつも嬉しい。
1月19日(水)コスタリカの青年弁護士
2011/01/19(Wed) | お店日記 | page top↑
コスタリカは面積が九州と四国と足したくらい、人口わずか400万人の中米の国である。日本の憲法9条のように「軍隊を持たない」ことを明記した憲法があり、また政治的には中立宣言をしている。

2003年、アメリカがイラク戦争を開始し各国に支持を呼びかけたのに対してコスタリカが支持を決定した時、当時大学生だったロベルト・サモラさんはそれを違憲であるとして最高裁に訴え勝訴した。「ひとりの大学生が国を変えた」ニュースは世界を驚かせた。

ロベルトさんは今や30歳の青年弁護士。「日本の9条を世界に広げよう」と平和の活動を続けている。水曜日の夜大阪でロベロベルト・サモラさん ルトさんと語る集会があったので行ってきた。勇気ある青年をひと目見たかった。会場には80名の市民が集まっていた。

しかし話を聞くうちに「軍隊を持たない国コスタリカ」の現実はとても厳しいことがわかってきた。2003年の時とは情勢も変わってきているようだった。その後も国の核開発やアメリカ駐留決定を違憲として次々に提訴するロベルトさんは、次第に政府や最高裁から「やっかい者」と見られるようになった。「ロベルトに依頼しても最高裁で負ける」と評判になり、弁護士の仕事も来なくなった。

「電話やメールは盗聴され交信の自由がない。身の危険を感じながら生活している。でも信念をまげるぐらいなら殺されてもかまわない」というロベルトさんの言葉に、会場はあわてた。「だれか支援してくれるグループは国内にないのですか」という質問も相次いだが、ロベルトさんは国内で孤軍奮闘している感じだった。

今、麻薬取締りを理由に米軍が駐留し、また領土をねらって隣のエクアドル侵攻しているそうで「これからの動向に注目してください」と言っていたが、日本のマスコミはそんなこと教えてくれそうにもない。

経済的な後ろ盾もないロベルトさんが、まるでセールスマンのようにスーツケースいっぱいのコーヒーやチョコレートを会場で販売していたのが、なんだか切なかった。
1月18日(火)フェアトレードについてのTV番組
2011/01/18(Tue) | お店日記 | page top↑
今朝、市立図書館へ行ったら、カウンターに旧知の職員Sさんがいて「きょうの夕方10チャンネルでフェアトレードのことやるみたいです。もしかして斎藤さんの店が出るかと思って」。「まさか!」と笑いながら、でもいい情報をもらったので家で録画を設定してもらう。

フェアトレード・ラベル読売テレビの「ten!」という番組の中のほんの一部だったが、フェアトレードをマスコミで紹介してもらうのはありがたい。この中ではおもに「フェアトレードラベル」(写真)のついている食品を「スターバックスのコーヒーやイオンのチョコレートなどにもフェアトレード商品があります」と紹介していた。また、ビジネスとして成り立つことがむずかしいフェアトレードの成功例として「ピープルツリー」を紹介していた。残念ながら、私たちのように全国で細々と頑張っている小さな小売店については言及されなかった。

たまたま、テリーが先日イオンで見つけて買ってきた「イオンのフェアトレードチョコレート」があったので見てみると、原料は途上国のフェアトレードでもちろん児童労働がないからだと思うけどちゃんとフェアトレードマークがついていた。しかし、成分の中には乳化剤(大豆由来)も入っているし、植物油や香料も入っている。そこがピープルツリーや第3世界ショップのフェアトレードチョコレートとはちがうなあ、と思った。
PTチョコレート
私たちのようなフェアトレードショップで扱っているフェアトレードチョコレートはもっと基準がきびしい。乳化剤は使わないで練り時間を長くすることでまろやかさを出す。大豆レシチンの乳化剤に遺伝子組み換え大豆が使われていないとも限らないからだ。また、安い植物油脂は混ぜ込まないでココアバター100%でつくる。だからおいしい。 

スターバックスやイオンのような巨大企業がフェアトレードマークをつけて商品を売るのは、フェアトレードを広く知ってもらうきっかけになるいっぽうで「一部だけマークをつけて社会貢献していると声高に言うのはどうなん?」という草の根フェアトレードからの反論もある。

フェアトレードについて私たちの師匠でもあるオーストリアのクリエ氏は「そういう論争は関わるだけむだだ」と言っていた。そうですね、そういう論争をしている時間があれば、フェアトレード商品をがんばって売りましょう。少しでも生産者に還元するために。

(パッケージがかわいいピープルツリーのチョコレートはプレゼントにもぴったり 各290円)
1月17日(月)震災追悼
2011/01/17(Mon) | お店日記 | page top↑
きょうも一日寒い日で、ぱらぱらとひょうも降った。16年前のきょうもこのように寒い朝だったにちがいない。その頃北海道に住んでいた私は、テレビの報道とあとから人伝えに聞く話しか知らないが、この日を境に人生が大きく変わってしまった人たちがたくさんいることは十分に想像できる。 心の中で追悼する一日。

震災の年はまたボランティア元年であったとも言われる。ボランティアという言葉がなにか気恥ずかしくてそれまで行動に移せなかった人たちも、震災の現実を目の前にしてそんなことを言っているひまはなかった。だれもが何かしなければという思いが湧き起ったにちがいない。私も遠い土地からでもできることをと、ガレージセールをして心ばかりの金額を送った。

私が尊敬するペシャワール会http://www1a.biglobe.ne.jp/peshawar/index_pesha.htmlの医師、中村哲さんはよく次のように話される。
私には「国際貢献」という気持ちはないんです。なにしろ故郷の九州とここアフガニスタンしか知らないんですから。でも、医者だからでしょうかねえ、近くで困っている人がいたらほっておけない。

また、今朝の朝日新聞のコラムでは次のように話されていた。
誰かのためになれる。その思いは掛け値のない仕事の原動力です。

「掛け値のない仕事の原動力」は「掛け値のない人生の原動力」とも言い換えられるかもしれない。今年の正月、鳥取の大雪で車が大渋滞した時に、沿道の人々はトイレや毛布や食料や温かい飲み物などを無償で差し出したそうだ。だれに言われるでもなく「そうしてあげたい」と自然に思える気持はほんとうに暖かい。
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