
そのマカイバリ農園のことが朝日新聞のシリーズ「ガンジーの国はどこへ」に出ていたのを、友人のMさんが切り抜いて教えてくれました。
記事を要約してご紹介しますと・・・
「マカイバリ茶園」では40年間、農薬、化学肥料を一切使わない。2003年、インド国内の紅茶の競りでは世界最高値をつけた。
茶園の4代目当主S・K・バナジー(63)はロンドン大学で学び23歳で帰国したとき、茶畑に雑草が生えず虫がいないことに気がつぃた。バナジーの父親は、農薬や殺虫剤を頻繁に使っていた。
バナジーは父親に内緒で自然農法を勉強し、肥料には牛フンや油かす、防虫にはハーブを試した。すると、茶木にクモの巣がはり、たくさんの虫がひっかかるようになって、紅茶の味もよくなった。
次に、茶摘みの女性たちが、午前4時に起きて森の木を切り、まきを集めるのを見て「彼女たちの仕事を減らせないか」と考えたバナジーは、自然エネルギーの実践者だったガンジーの「牛フンを発酵させてガスを得る仕組み」を導入した。人々は森の木を切ることをやめ、自分たちでガスを作り始めた。
バナジーは言う。「ガンジーがくれた答えはとてもシンプルだった。自然が幸せであること。それが、人間も幸せにするんだ」。
(バイオダイナミック・ダージリンティー・・・ リーフ100g¥750、ティーバッグ2gx20袋¥800)
大震災から2ヶ月半がたちましたが、被災地での状況はいっこうに良くならず、原発事故の前に「復興」の声もむなしい状態が続いています。
私たちが被災地の状況を知るときは、死亡者が15000人、行方不明が8600人、避難者が103,000人、放射線量が浪江では18マイクロシーベルト、飯館では3マイクロシーベルトなどという数字です。毎日そういう情報を聞かされると、だんだん数字に慣れてきて、我ながら反応しなくなるのがこわいのです。数字とはそれほど無機質なものです。
ところが被災者個人の体験はまったく別物です。たとえばパレスチナ・オリーブ(仙台)の代表である皆川さんのきょうのブログを読んでみてください。http://himar-diary.jugem.jp/ 「喪失感」が私たちにもひしひしと伝わってきます。自分たちを助けてくれた人が亡くなってしまった、家族を亡くした子どもが授業中に急に泣きだす、など日常でない生活があります。
あるいは被災地支援に入っているネパリ・バザーロさんhttp://nbazaro.org/wordpress/の報告書には、ほんとうに生きるか死ぬかの瀬戸際で命を取りとめた方の手記が載っていました。少し抜粋させてもらいます。
父も母も追っては来てくれませんでした・・津波の直後、雪が降りました。だんだんと日もかげり、人生で一番怖くて、暗くて、冷たい、長い夜が始まりました・・・(夜が明けて)160センチ以上ある私の胸までの汚水を掻き分けての脱出で、体の心から冷え切っていました。こどもたちを背負ってくれた人たちがいなかったら、いま、私たちはここに存在してはいられませんでした・・・父と母が命がけで守ってくれた子ども達がいて、主人も兄もいるのに、わたしの心には常に強い孤独感があります。1人になるとさらに強くなって押し寄せてきます。子どもたちも苦しみながら、なんとかこの苦しみ悲しみを自分なりに消化しようとしています・・・すぐには立ち直れません・・・
被災者の方たちは一人ひとり状況が違うだろうと思います。被災者とひとくくりにできない、それぞれの過酷な体験をされているはずです。安全なところにいる私たちは、その人たちの話を聞くことで少しでも共感する気持ちを持続させたいと思います。
私たちが被災地の状況を知るときは、死亡者が15000人、行方不明が8600人、避難者が103,000人、放射線量が浪江では18マイクロシーベルト、飯館では3マイクロシーベルトなどという数字です。毎日そういう情報を聞かされると、だんだん数字に慣れてきて、我ながら反応しなくなるのがこわいのです。数字とはそれほど無機質なものです。
ところが被災者個人の体験はまったく別物です。たとえばパレスチナ・オリーブ(仙台)の代表である皆川さんのきょうのブログを読んでみてください。http://himar-diary.jugem.jp/ 「喪失感」が私たちにもひしひしと伝わってきます。自分たちを助けてくれた人が亡くなってしまった、家族を亡くした子どもが授業中に急に泣きだす、など日常でない生活があります。
あるいは被災地支援に入っているネパリ・バザーロさんhttp://nbazaro.org/wordpress/の報告書には、ほんとうに生きるか死ぬかの瀬戸際で命を取りとめた方の手記が載っていました。少し抜粋させてもらいます。
父も母も追っては来てくれませんでした・・津波の直後、雪が降りました。だんだんと日もかげり、人生で一番怖くて、暗くて、冷たい、長い夜が始まりました・・・(夜が明けて)160センチ以上ある私の胸までの汚水を掻き分けての脱出で、体の心から冷え切っていました。こどもたちを背負ってくれた人たちがいなかったら、いま、私たちはここに存在してはいられませんでした・・・父と母が命がけで守ってくれた子ども達がいて、主人も兄もいるのに、わたしの心には常に強い孤独感があります。1人になるとさらに強くなって押し寄せてきます。子どもたちも苦しみながら、なんとかこの苦しみ悲しみを自分なりに消化しようとしています・・・すぐには立ち直れません・・・
被災者の方たちは一人ひとり状況が違うだろうと思います。被災者とひとくくりにできない、それぞれの過酷な体験をされているはずです。安全なところにいる私たちは、その人たちの話を聞くことで少しでも共感する気持ちを持続させたいと思います。

その前に京都大学大学院で勉強しているMちゃんとランチ。彼女は大阪大学時代からのエスペーロのお客さんで、親子の年の差ながら話の合う友人です。徳島の木頭村へ行った話とか秋にネパールへ行く話とか原発の話とか・・・若いのにしっかりといろいろなことを考えています。
授業へ向かうMちゃんと別れて私はシサム工房の事務所へ。今出川通りから京大農学部を通り抜けたところにあります。
シサム商品のテイストが大好きで、スタッフの石岡さんとおしゃべりしながらとっても楽しい時間を過ごすことができました。写真を撮り忘れたので、シサム通信からお借りしたのが上の写真です。これはほんの一部。
シサム工房はエコの観点から紙のカタログを作らないので、ホームページから商品を見てくださいね。ファッションもゆったり感があっていいですよ~私もいくつか目をつけてきました。お楽しみに。
きょうは暑いくらいのよいお天気で、久々の京都とすてきなフェアトレード商品を楽しんできました。

わずか1分そこそこのオンエアーに1時間弱かけて収録するんですね。ディレクターさんがきびきびと指示を出して照明さんとカメラさんが動きます。見ているとおもしろいです。
ナビゲーターとしてエスペーロを紹介してくれるのは、タレントの河島あみるさん。私たちの世代にとっては河島英五さんの

私も少しだけフェアトレードについて説明させてもらいました。わずかな時間ですが、番組を見た人に少しでもフェアトレードが伝わるといいなと思います。オンエアーは6月2日(木)の午前10:57~11:00です。
あみるさんのトータルファッション:
手織のワンピース(バングラデシュ) 9800円
サイザル麻のベルト (ネパール) 4935円
トンボ玉ネックレス(ネパール) 1260円
バブーシュ(インド) 5880円
アタバッグ(インドネシア) 3800円
京大原子炉実験所の小出裕章さんやソフトバンクの孫正義社長が、きょう参議院行政監視委員会の参考人として招致された。小出さんの意見陳述の部分がustreamでアップされているので、ぜひご覧になってほしい。福島原発の真実が語られていると思うから。
http://p.tl/YBUI
小出さんは陳述の最後の部分でマハトマ・ガンジーによる「7つの社会的大罪」を引用された。それは次のとおり。
1.理念なき政治
2.労働なき富
3.良心なき快楽
4.人格なき学識
5.道徳なき商業
6.人間性なき科学
7.献身なき信仰
http://p.tl/YBUI
小出さんは陳述の最後の部分でマハトマ・ガンジーによる「7つの社会的大罪」を引用された。それは次のとおり。
1.理念なき政治
2.労働なき富
3.良心なき快楽
4.人格なき学識
5.道徳なき商業
6.人間性なき科学
7.献身なき信仰
昨日の日曜日、「市民活動フォーラムみのお」http://minoh-npo.com/主催で「企業とNPOでつくる新しい仕組み」という講演
会があった。講師はコーズブランド・ラブの野村尚克さん。コーズ・リレーティッド・マーケティング(CRM)という店舗や企業とNPOでつくる社会貢献のマーケティングの仕組みについて紹介された。 (写真はフォーラムみのお提供)
CRMは環境、災害、貧困といった社会的課題を解決するためのマーケティングだ。店舗や企業は売上げの一部をNPOに寄付し、NPOの活動が活性化することで市民社会がよくなる。また、店舗や企業はイメージアップで売上げを上げることができる。売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の考え方だ。
具体的事例として、たとえばミネラルウォーターのボルビックが行っている1Lfor10Lは、1リットルの水を購入するとアフリカで10リットル分の水の供給をユニセフを通して支援できるというものだ。アサヒスーパードライ1本につき1円が全国の環境保全に使われるというのもある。どちらも期間限定キャンペーンだ。
この「三方よし」の考え方は、まさにフェアトレードの考え方でもある。企業のCRMが増えていけば、消費者の意識も変わってくるし、社会もよい方へ変わっていくはずだ。ただ寄付をするのではなく、消費者は買物をすることで協力できるところがいいし、企業も売上げを上げながら社会貢献できるところが魅力だろう。
主催の「市民活動フォーラムみのお」は、今年の夏から秋にかけて箕面市内でCRMを取り入れた「みのおチャリティタウンプロジェクト」というイベントを企画している。店舗とNPOと市民とでつくる「三方よし」のプロジェクトだ。エスペーロもそこに加わる予定になっていて楽しみにしている。
さて、日にちが変わってきょう月曜日、西宮から関西学院大学の大学院生、平林頼さんがエスペーロを訪問してくれた。彼は先日の「フェアトレードinみのお」で講師を務めてくれた青年だ。彼もまたフェアトレードをビジネスとして成功させる戦略をテーマとしており、修士論文の題材としてエスペーロを取材してくれたのだった。
ところで先日の「フェアトレードinみのお」の様子がFMみのお「タッキー」のホームページにアップされていたので以下のURLでのぞいてみてください。 http://www.minoh.net/minohnow/log.php?date=201105151607

CRMは環境、災害、貧困といった社会的課題を解決するためのマーケティングだ。店舗や企業は売上げの一部をNPOに寄付し、NPOの活動が活性化することで市民社会がよくなる。また、店舗や企業はイメージアップで売上げを上げることができる。売り手よし、買い手よし、世間よしの「三方よし」の考え方だ。
具体的事例として、たとえばミネラルウォーターのボルビックが行っている1Lfor10Lは、1リットルの水を購入するとアフリカで10リットル分の水の供給をユニセフを通して支援できるというものだ。アサヒスーパードライ1本につき1円が全国の環境保全に使われるというのもある。どちらも期間限定キャンペーンだ。
この「三方よし」の考え方は、まさにフェアトレードの考え方でもある。企業のCRMが増えていけば、消費者の意識も変わってくるし、社会もよい方へ変わっていくはずだ。ただ寄付をするのではなく、消費者は買物をすることで協力できるところがいいし、企業も売上げを上げながら社会貢献できるところが魅力だろう。
主催の「市民活動フォーラムみのお」は、今年の夏から秋にかけて箕面市内でCRMを取り入れた「みのおチャリティタウンプロジェクト」というイベントを企画している。店舗とNPOと市民とでつくる「三方よし」のプロジェクトだ。エスペーロもそこに加わる予定になっていて楽しみにしている。
さて、日にちが変わってきょう月曜日、西宮から関西学院大学の大学院生、平林頼さんがエスペーロを訪問してくれた。彼は先日の「フェアトレードinみのお」で講師を務めてくれた青年だ。彼もまたフェアトレードをビジネスとして成功させる戦略をテーマとしており、修士論文の題材としてエスペーロを取材してくれたのだった。
ところで先日の「フェアトレードinみのお」の様子がFMみのお「タッキー」のホームページにアップされていたので以下のURLでのぞいてみてください。 http://www.minoh.net/minohnow/log.php?date=201105151607

マリオさんは1994年以来17年間「第3世界ショップ」とパートナーシップを組んでフェアトレードを進めてきました。最初2000個のカレーから始まった事業は、今や250名のスタッフと128軒のスパイス農家に利益をもたらしています。
このたびの震災ニュースを受けて、マリオさんはいち早く第3世界ショップに支援の申し出をされましたが、そのひとつとして「カレーの壺やさい」を2500個無償で提供されました。今「カレーの壺やさい」をお買い上げいただくと、その卸価格がすべて被災地へ送られることになります。
「カレーの壺」未体験の方は、ぜひこの機会にお試しください。おいしいですよ~

スタッフはみんな旧知の人たちで古巣にもどった心地よさ。お昼は手づくりのスタッフ食もいっしょにいただいた。
お客さんは去年に比べたら少なかったけど、リピーターのお客さんも多く、フェアトレードが少しずつ浸透しているのを感じる。
フリマのときは、コーヒー、紅茶、ジャム、砂糖などの食品がよく売れる。そして小さな雑貨、たとえば山羊革のコインパースはいつでも人気者。カルナーの会のラリエットも持っていったのが全部売れた。
「結みのお」は地域の支えあいのネットワーク組織だが、私はその前身の「ともに歩む会」の時からの会員で、さまざまな活動を通してこの会にずいぶん育てられたと思っている。エスペーロを開くにいたったのも、その土台にはこの会での活動があることはまちがいない。
これまでにも何度かブログでご紹介してきた「森の映画社」の藤本幸久監督が、明日20日(金)から26日(木)まで原発関連のインタビュー記録映画を持って福島県内(会津若松、福島、二本松、郡山、会津坂下、福島大学、いわき市)を回り、緊急上映会を開催されます。http://america-banzai.blogspot.com/ 入場無料、申込も不要です。
【上映作品】
小出裕章さん「福島の子どもたちへ」(No.6)
今中哲二さん「チェルノブイリと福島」(No.5)
村田三郎さん「被曝とは②‐子どもの被曝・労働者の被曝-」(No.4)
上映場所と時間は上記URLからご確認ください。
私の友人で福島県出身のOさんは「森の映画社」製作のこれらのDVDを福島県の友人に送ろうとして「過酷な現実を当事者につきつける」とまどいを感じたと言います。でも、やはりいちばん情報を得るべき福島の人たちにほんとうのことを知ってほしいと思いなおして、上映会のことをこのブログでも紹介してほしいと言われました。私もぜひ福島県内の人々にこれらを見ていただきたいと思います。語ってくれている学者やお医者さんは、いずれも住民の側に立った人たちです。
藤本監督はそれこそ手弁当で、なんとか事実を知ってほしいと奔走されています。どうぞ福島県に友人、知人がおられる方はこの上映会のことを教えてあげてください。
【上映作品】
小出裕章さん「福島の子どもたちへ」(No.6)
今中哲二さん「チェルノブイリと福島」(No.5)
村田三郎さん「被曝とは②‐子どもの被曝・労働者の被曝-」(No.4)
上映場所と時間は上記URLからご確認ください。
私の友人で福島県出身のOさんは「森の映画社」製作のこれらのDVDを福島県の友人に送ろうとして「過酷な現実を当事者につきつける」とまどいを感じたと言います。でも、やはりいちばん情報を得るべき福島の人たちにほんとうのことを知ってほしいと思いなおして、上映会のことをこのブログでも紹介してほしいと言われました。私もぜひ福島県内の人々にこれらを見ていただきたいと思います。語ってくれている学者やお医者さんは、いずれも住民の側に立った人たちです。
藤本監督はそれこそ手弁当で、なんとか事実を知ってほしいと奔走されています。どうぞ福島県に友人、知人がおられる方はこの上映会のことを教えてあげてください。
きょうエスペーロに入ってきた女性を見て「あ、あの人だ」と思った。先月十三のシアターセブンで映画『生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言』を見た時にエレベーターでいっしょになり「この人だれだっけ?どこかで見たことがある。エスペーロのお客さんだっけ?」と気になっていた人だった。
豊中から来てくれたAさん(名前を聞き忘れたので仮にAさんとしておく)は、やはり以前エスペーロに来てくれたお客様だった。そして確かにその日十三で同じ映画を見たと言うことだった。きょうは原発ブックレットを買いに来てくださったのだが、座ってもらってしばらく『生きてるうちが~』の話や原発の話をする。
『生きてるうちが~』はすごい映画だという点でAさんと一致したので少し紹介したい。
森崎東監督の1985年作品。バーバラ(倍賞美津子)と宮里(原田芳雄)は、沖縄のコザ騒動からパスポートも持たずに(当時沖縄はまだアメリカ政権下にあった)本土に逃れてきた。バーバラは踊り子として地方の歓楽地を回り、宮里はともに回りながら原発現場で働いた。美浜、福島第一と渡り歩く宮里のような労働者は「原発ジプシー」と呼ばれた。現場の事故で死亡した労働者はコンクリート詰めにしてヘリコプターでどこかへ運ばれる。具合の悪いことはヤクザが口封じする。こういうすごく深刻な内容が喜劇タッチで描かれるところが森崎監督の作品だ。沖縄、原発、そしてフィリピンからの「じゃぱゆきさん」も含めて、様々な差別の構造が絡み合って描かれている。
1985年にこの映画が出た頃(原発を描いたため2年間お蔵入りになってたそうだが)、私自身は原発についてどう考えていたんだろう。それとも何も考えていなかったのだろうか。この2年後にチェルノブイリの事故が起こって、子育て中だった私はたしかママ友たちと「イタリアのスパゲッティは危ないらしい」というような話をしていたことは覚えている。でもそれだけ。こんなすごい映画ができていたのに、そしてずっと原発反対の運動をしていた人はいたであろうに、まともに私の生活に入ってくることはなかった。
今回こんなに大きな原発震災が起こっても、世の中には1980年代の私と同じようにどこか他人事に思っている人が多いのではないかと思う。でも今回はこの狭い私たちの国の中で起こったことだ。これ以上の悲劇が起こらないためにも今こそだれもがしっかり生きなければいけないと思う。
シアターセブンでは要望が多いので原発関連の映画を延長して上映するそうだ。www.theater-seven.com/ それを教えてあげると「他の映画も見に行きます」と言ってAさんはエスペーロを後にした。
豊中から来てくれたAさん(名前を聞き忘れたので仮にAさんとしておく)は、やはり以前エスペーロに来てくれたお客様だった。そして確かにその日十三で同じ映画を見たと言うことだった。きょうは原発ブックレットを買いに来てくださったのだが、座ってもらってしばらく『生きてるうちが~』の話や原発の話をする。
『生きてるうちが~』はすごい映画だという点でAさんと一致したので少し紹介したい。
森崎東監督の1985年作品。バーバラ(倍賞美津子)と宮里(原田芳雄)は、沖縄のコザ騒動からパスポートも持たずに(当時沖縄はまだアメリカ政権下にあった)本土に逃れてきた。バーバラは踊り子として地方の歓楽地を回り、宮里はともに回りながら原発現場で働いた。美浜、福島第一と渡り歩く宮里のような労働者は「原発ジプシー」と呼ばれた。現場の事故で死亡した労働者はコンクリート詰めにしてヘリコプターでどこかへ運ばれる。具合の悪いことはヤクザが口封じする。こういうすごく深刻な内容が喜劇タッチで描かれるところが森崎監督の作品だ。沖縄、原発、そしてフィリピンからの「じゃぱゆきさん」も含めて、様々な差別の構造が絡み合って描かれている。
1985年にこの映画が出た頃(原発を描いたため2年間お蔵入りになってたそうだが)、私自身は原発についてどう考えていたんだろう。それとも何も考えていなかったのだろうか。この2年後にチェルノブイリの事故が起こって、子育て中だった私はたしかママ友たちと「イタリアのスパゲッティは危ないらしい」というような話をしていたことは覚えている。でもそれだけ。こんなすごい映画ができていたのに、そしてずっと原発反対の運動をしていた人はいたであろうに、まともに私の生活に入ってくることはなかった。
今回こんなに大きな原発震災が起こっても、世の中には1980年代の私と同じようにどこか他人事に思っている人が多いのではないかと思う。でも今回はこの狭い私たちの国の中で起こったことだ。これ以上の悲劇が起こらないためにも今こそだれもがしっかり生きなければいけないと思う。
シアターセブンでは要望が多いので原発関連の映画を延長して上映するそうだ。www.theater-seven.com/ それを教えてあげると「他の映画も見に行きます」と言ってAさんはエスペーロを後にした。