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2月13日(月)いわき訪問―2日目(2月12日)
2012/02/13(Mon) | お店日記 | page top↑
豊間中学体育館 私たちが宿泊した民宿「鈴亀」(先代のお名前が鈴木亀吉さんで私たちの出立を見送ってくださいました)さんの隣、海側に豊間中学校があります。昨日の志賀さんと鈴木さんの母校であり、お二人とも子どもさんたちの時代にPTA会長をされた先輩後輩の間柄でもあります。

豊間中学校の体育館は津波で壁を突き破られ、1階部分はひどい状況でした。当時、志賀さんは砂や備品が散乱した痛ましい姿を見るのがつらく「校舎を清掃しよう」と呼びかけました。するとメール、ブログ、ツイッター、FM放送などで一気に広がり、5日後、中学校には300人が集まりました。見違えるほどきれいになった体育館で奇跡的に生き残ったグランドピアノを中心に、みんなで校歌を歌ったそうです。現在豊間中学校の生徒さんたちは他の中学校を間借りして勉強しています。
仮設住宅でのイベント
さて、民宿「鈴亀」を後にした私たちは、この日は中央台という所にある仮設住宅を訪問しました。ここにはいわきの被災者の 他に原発の避難区域である広野や楢葉の被災者の方たちもおられます。ここでは、パオという障害者支援事務所が被災者支援の拠点になっています。この日は仮設住宅の前に置くお花のプランターを被災者の人たちと一緒に作る作業、そしてそのあとのぎょうざ交流会の準備をしました。私は何人かの女性グループでおにぎりとぎょうざ100人分の準備を手伝いました。

パオのリーダーの方のお話によると、仮設に住む人々が閉じこもり勝ちにならないように、もちつきや手芸や芋煮会などいろ いろなイベントを企画しているそうです。いわき市は自身も被災者でありながら広野や楢葉の被災者を受け入れている、広野や楢葉には原発の補償が東電から下りるけどいわきにはそれはない、など、被災者間の微妙な感情の対立もあるということでした。

また、広野町役場は帰還へ向けて準備を進めていますが、放射能の心配があるのでとくに若い人たちは帰らない人も多いだろうという予測でした。仮設住宅の期限は2年間と決められていますので、その後が大変です。
「ぶらっと」
午後からはJRいわき駅前にあるシャプラニールの支援拠点「ぶらっと」を訪ねました。昨年秋に開設され、被災者の人たちが「ぶらっと」気楽に来て、自分の街の情報を得たり、おしゃべりしたり、相談したりできる場所となっています。常連さんも何人かおられて「ここのおかげで前を向いて生きていられます」と言われていました。

その後、私たち21名は会議室に移動してこの2日間の振り返りをしました。お互いに感想を述べ合った後、2日間の体験をこれから先どうつなげていくかという話もしました。いわきに知り合いもできたし、また鈴亀さんに泊まって遊びに来たいねというのが多くの人たちの気持ちでした。

この2日間、私たちはずいぶん濃い体験をしたと思います。いわきで出会った人たちはほんとうにいい人たちでした。これからもつながっていけたらいいな、と思います。
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